154,日光街道一人旅(七の1)
きょうの行程は 『徳次郎から今市まで』 で、歩きたかった杉並木にいよいよ入るはずです。
11/5 a.m8時30分 宿をスタート
日本橋から北上してきた道は、この辺りからコースを西方向に変え、そして杉並木と集落が交互に現れてきました。
この店に飾ってあった「NHK・TVの日光街道てくてく旅」のスナップで、この店に立ち寄って休んでいったそうです。
主演?の四元さんはだいぶお疲れ気味。
「杉並木の寄進碑」・・・日光杉並木の石碑寄進した松平正綱は天正四年(1576)生まれ。
十七歳で家康側近に仕え後年大名になった。家康に心服し、遺体が日光山に改葬される時は葬列に加わり、二代将軍の日光参拝の時は供を務め、日光山大火の後始末にも功績をあげ、慶安元年(1648)に没した。七十三歳。家康三十三回忌の年であった。
正綱はなぜ杉並木を寄進したのか。今市市歴史民俗資料館の半田慶恭館長は「家康公が眠る東照宮の参道を厳かな雰囲気に包み、神君の権威を高めようとしたのでしょう。参拝者が安らぐ街道整備の狙いもあったと思う」という。東照宮もおなじような見解だ と解説されています。
杉並木・・・日光街道杉並木日光・例幣使・会津西の三街道の全長37kmの両側にわたって約13,000本の杉がそびえる「日光杉並木街道」。
世界一長い並木道としてギネスブックにも載っているこの杉並木は植栽されてから、もうすぐ390年が経とうとしています。
現在日本で唯一、特別史跡と特別天然記念物の二重指定を受けている貴重な文化遺産であり日光市が世界に誇る「郷土のシンボル」
です。
杉並木は、家康の家臣・松平正綱が日光東照宮に寄進するため植栽したもので、
寛永2年(1625)頃から20年余りの歳月を費やした一大事業でした。植栽された杉は約20万本と推定されます と解説されています。
中にはこのような杉もありましたが、雷が直撃したのでしょうか。
【 続く 】
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コメント
力作、大作、興味深く全部拝見しました。
この先未だ続きますか。たのしみです。
なおガラスの中の対象は偏光フィルターをつけると
良いかと思いmす。
投稿 tsuchimotokouki | 2007年11月24日 (土) 12時39分
tsuchimotokouji さん、コメントを下さいまして有り難うございました。
「偏光フィルター」のこと、良いことを教えて頂き、重ねてお礼申し上げます。
まさか全行程を歩けるとは思っていませんでしたので、無事に終わってみて やはり嬉しかった の一言でした。
投稿 北村(微爺) | 2007年11月24日 (土) 14時32分