174,「江戸市中引き廻し」(其の二)
田町駅の傍にある「西郷隆盛と勝海舟の会見之地 碑」・・・解説によると、明治維新前夜慶応4年(1868)3月14日幕府の陸軍総裁勝海舟が江戸100万市民を悲惨な火から守るため、西郷隆盛と会見し江戸無血開城を取り決めた「勝・西郷会談」の行われた薩摩藩藏屋敷跡の由緒ある場所です。
この蔵屋敷(現在地)の裏は、すぐ海に面した砂浜で、薩摩藩国元より船で送られて来る米などは、ここで陸揚げされた そうです。
12時30分に通過
南下してきた「引き廻しコース」は、田町からY字路を今度は北上して行きます。
北上しながら暫く歩くと左側に「慶応キャンパス」・・・説明によると、福澤諭吉が1858(安政5)年築地鉄砲洲に一家塾を開き、芝新銭座を経て、三田の現在地に移転したのは1871(明治4)年でした。
入口にいた若いガードマンに「中に入って写真を撮りたいのですが、良いですか?} と声を掛けたら、「どうぞごゆっくり 石段が多いですから気を付けて」 ヤハリ慶応ボーイは違うなぁ~?
キャンパス内のスナップですが、あまりのオシャレにただただ驚くことばかり。
12時50分に通過
慶応のすぐ隣にあったのが「春日神社」・・・天徳2年(958年)建立
江戸府内唯一の春日社として、徳川将軍をはじめ江戸城登城の諸大名の崇敬も厚かった そうです。
春日神社の隣にある「龍生寺」の境内には「史蹟 渡邊之綱 産湯之井戸」が残されていました。
頼光四天王(よりみつしてんのう)の1人で、源頼光と伴に活躍した4人の家臣のこと。 渡辺綱(わたなべのつな)、坂田金時(さかたのきんとき)、卜部季武(うらべのすえたけ)、碓井貞光(うすいのさだみつ)の4人で、大江山の酒呑童子退治のほか数々の鬼退治伝説で知られています。
13時00分に通過
この辺りは筑後久留米藩二十一萬石有馬考五郎の上屋敷の跡地でした。 猫三大話と言われた「有馬の猫騒動」も伝説としてあるようです。
町名の由来は、赤羽橋からとも赤羽川(今の古川)に沿っているからとも言われています。
13時15分に通過
【 続く 】
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