236,新井薬師・沼袋界隈(その3)
7時方向の「新井薬師」から1時方向の「哲学堂公園」へ移動します。
「哲学堂公園」・・・哲学堂公園は、明治39年に東洋大学創立者井上圓了博士によって精神修養の場として開設されました。哲学や社会教育の場として整備された全国に例を見ない個性的な公園といえます。(中野区の資料から抜粋しました)
「摂理門」・・・哲理門(妖怪門)。普通だったら中に仁王様がいるところですが、この妖怪門の中には、向かって右に天狗、左に幽霊の像が入っているそうですが、よく見えませんでした。
横にある解説板によると、「天狗と幽霊は、この地に天狗松と幽霊梅があったことにちなむとともに、前者を物質界、後者を精神界に存する不可解の象徴とみなしたものである」・・・私のような凡人にはとても理解出来ません。
「六賢台」・・・解説板によると、「ここに東洋六賢人として、日本の聖徳太子・菅原道真、
中国の荘子・朱子、印度の龍樹・迦毘羅を祀っている」
「四聖堂」・・・これも解説板によると、「本堂に東洋哲学の孔子と釈迦、西洋哲学のソクラテスとカントの
世界的四哲人を奉祀している」
「宇宙館」・・・解説板によると、「哲学とは宇宙の真理を研究する学問であって、その講話または講習を開かんがために設けられた講話室である」
小高い丘?の上にある「三学亭」・・・解説板によると、「日本的なものとして建築された円柱3本で正三角形をつくる平屋のあずまやです。碩学を重視し、平田篤胤(神道)・林羅山(儒道)・釈凝然(仏道)の三者を祀るものです」
以上のような建造物が広場を囲むように建てられていますが、解説板を読むだけで疲れます。
哲学堂公園を出て、9時方向に向かい「沼袋・氷川神社」「禅定院」そして「百観音・明治寺」へと歩きます。
「氷川神社社殿」・・・神社の由緒によると、南北朝時代九十七代後村上天皇の正平年間(1346~1370)に武蔵国一の宮である氷川大社(さいたま市鎮座)より御分霊を戴き、当地に奉祀する。
文明九年(1478) 太田道灌が豊島一族と合戦の折、戦勝祈願し道灌杉を奉納するなど、その御神徳の威光は強く、現在も「厄除ひかわ」と親しまれ、厄除祈祷に訪れる人は後を絶たない。
「神楽殿」
解説によると・・・禅定院は南北朝時代の中期、貞治元年(1362)の開創と伝えられる寺院です。ご本尊は鎌倉時代後期の作とされる不動明王立像 だそうです。
【今回もお越し下さいまして有り難うございました】
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