222,西巣鴨界隈(その2)
(その2)では、妙行寺・善養寺を巡り、巣鴨駅への帰り路、途中にある「總禅寺」に立ち寄りました。
左下に配置が書かれていますが、お岩さんと瑤泉院供養塔が並んでいます。 この二人は夜な夜などの様な話しをしているのでしょうか? 興味がありませんか
お岩さんの墓・・・夫・田村伊右衛門との折り合いが悪く病身となり寛永13年に亡くなった。それ以来田村家には色々な災いが続き、妙行寺の住職の法華経により一切の因縁が取り除かれた そうです。
お岩さんに同情し、信仰すると自分の不遇が救われる、という法華経の功徳が,当時江戸中の評判となった。
四百年近く経つ今日でも,悪縁切りや怨敵退散、家庭和合、心願成就などの祈願に訪れる人が絶えない のだそうです。
「忠臣蔵」の浅野家ゆかりの墓で、浅野内匠頭の祖母、高光院殿と弟大学長広公夫人蓮光院殿のお墓だそうです。
左端が「瑤泉院の供養塔」。
浅野内匠頭の正室「瑤泉院」が永代供養料として金三十両を納めたという寄付を記念した「供養塔」が建立されたそうです。
この日('08/7/10)も、シニアの団体さんがお参りしていました。
妙行寺の右隣にある「善養寺」の本堂で、中には「閻魔大王」が鎮座しています。
825年(天長2年)上野山中に慈覚大師によって創建。1624年~1644年(寛永年間)下谷善養寺へ移転。
1972年(明治45年)現在地へ移転したそうです。
堂内に安置されている「閻魔大王」で、本堂にお参りすると、高さ3mのえんま大王像には光で照らされ迫力満点。
閻魔大王はお地蔵様の化身といわれ、閻魔大王が検察官・裁判官、お地蔵様が弁護士のような関係 だそうです。
巣鴨はとげぬき地蔵尊・江戸六地蔵尊のひとつ真性寺の地蔵尊があるお地蔵様の町。
本堂の左奥にある「尾形乾山の墓」・・・尾形乾山は1663年(寛文3年)京都の呉服商尾形宗謙の三男として生まれました。
兄は有名な尾形光琳。
1731年(享保16年)69歳の頃に輪王寺宮公寛法親王を頼って江戸に下り、入谷に窯を築いて陶器や絵画の制作に手腕を発揮し、晩年をおくりました。
1743年(寛保3年)81歳で没 と説明されています。
このお寺の由緒などは判りませんが、この山門は風格があります。
總禅寺にある「手塚治虫」の墓で、説明によると本名:手塚 治(1928年~1989)は、日本の漫画家、アニメーター、医師。大阪府豊能郡豊中町(現在の豊中市)に生まれ、兵庫県宝塚市育ち。医学博士の学位を持つ。
戒名は伯藝院殿覚圓蟲聖大居士。血液型はA型。 日本のアニメの先駆者。漫画の神様とも呼ばれている そうです。
との事ですが、私は本もTVも殆ど読んだことも、観たこともないのです。
墓石の左にあるモニュメント?で、いかにも「手塚治虫」らしいものです。
【 今回もお越し下さいまして有り難うございました 】
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