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’13-36 羽州街道を歩く その2

『嬉しいご案内』

或る会社のHPに私のこのブログをリンクさせて頂けることになりました
会社のHPと言っても、その中にある1つのカテゴリーなのですが、そこに書かれているのが     『元気の出るブログ・愉快満載の百科店」 となっていて、内容は「いつだって街歩き」「パソコンよろずマニュアル」「満点デジカメライフ」「錦町世情研究所」などがあって、ここの私のブログを転載させて頂けることになったのです
 
  その名は 『サンキyou広場
どうぞ この広場にもお越し下さいますようお願い致します

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’13/10/28  月曜 第二日目 きょうの行程は「高畠から上ノ山まで」です 天候は晴れ

Bmp_6きょうもまた手抜きをしました
高畠駅から赤湯駅まで電車利用したのです
言い訳:この区間を電車利用したのは、目的地の「上ノ山」で少し時間をかけて散策をしたかったからなのです

行程中には名所・旧跡も無さそうですが、「上ノ山」に期待しながら、「赤湯駅」から歩き始めました
赤湯駅の駅舎もアーチを象ったモダンな駅舎です(写真はありません)

Dscn4171Dscn4173左:晴れ渡った青空を映す 高畠駅駅舎
米沢駅もそうでしたが、この高畠駅もチョーモダン

宿は向かって左側にあり、駅構内の温泉は駅舎内の右側にあり、宿泊客は無料で利用出来る仕組みになっています

右:「赤湯」は温泉場ですが、町を歩いていてもその雰囲気はありません
ただ、こんな足湯がありました
子供が浸かっていたので、「暖かそうだねぇ」「ウン 暖ったかいようぉ」
私には浸かる余裕がありませんから そのまま素通り

Dscn4177Dscn4179_2左:ススキの遥か先には、名も知らぬ山々が連なって長閑な歩きが続きます

右: 紅葉も 黄銅色で 地を覆い

 

 

Dscn4180_2Dscn4181_2左右:途中の「中川駅」近くにあった 石橋 ですが、何か由緒がありそうな良い雰囲気の橋がありました
調べてみたら・・・
『吉田橋と言い、南陽市小岩沢の前川に架かるアーチ式の石橋で、1880年(明治13)に竣工した。
全長9.0メートル、幅員6.4メートルで、アーチの高さは8.8メートルである。
橋の欄干は、コの字型の石を1段目と2段目でずらして組み、両端の親柱は奇岩を模して自然石のように仕上げている。
また、橋を支えるアーチも美しい石橋である。
1968年(昭和43)10月、南陽市指定文化財に登録された。
吉田橋は、今でも原型をとどめ山形県の県道として利用されている』

Dscn4178Dscn4183左:野良仕事をしてる人がいたので パチリ
何しろ人が居ない 歩いてる人は皆無 チャリの人はタマ~に
この写真も人が居て珍しかったので撮りましたが、手前の花を入れたら 人が遠くなってしまい残念

右:手の届く所に柿が よほど頂いてしまおうかと思いましたが、渋柿では困るので諦めました

Dscn4186Dscn4188_2 左右:国道からの風景
こんな道路標識でも もう直ぐだな と思ったり、秋田はまだ先かぁ そろそろ飽きてきたなぁ と感じたり
それと、歩道が広すぎると思いませんか?
人もチャリも通らないのに・・・

どの辺りか記憶にないのですが、山が大きくなってきたようで、こうこなくっちゃ 街道歩きは面白くありません

個人的な感想ですが、山を見ると落ち着くのは何故なのでしょう
こういう時のアップダウンはそれほど苦になりません 
勝手ですねぇ

Dscn4190Dscn4198_2 左右:時々このような石仏に出会いますが、もちろん由緒などの説明はありません

いつ頃造られた石仏なのかも全く読み取れません 
或いは彫られていないのかも知れません

Dscn4200_6 Dscn4202_2 左:私が泊まる上ノ山の宿の玄関ですが、これにも何か由緒がありそうですが、聞くのを忘れてしまいました(笑)
そして今は使われていないようでした

右:上ノ山城・・・上山城は城郭型郷土資料館として昭和57年に開館し、多くの市民・観光客の皆様から親しまれお陰さまで30周年を迎えることができました と説明されています

Dscn4203_3 Dscn4204_2 左右:城から眺めた城下町「上ノ山」

Dscn4205 Dscn4208_3 左右:「武家屋敷」
説明によると・・・
『上山城(月岡城)が天文4年(1535年)に築かれると、その西・北部一帯は武家屋敷となり、この仲丁通りには、藩の要職にあった家臣が居住していた。
現存している4軒(森本家、三輪家、山田家、旧曽我部家)は、茅葺屋根、鉤型の曲屋で、玄関と通用口とを別にする武家中門造りの建築様式である。
4軒とも内外装の改築も少なく、武家屋敷として往昔の佇まいを見せ、当時をしのばせている。 (4軒とも市の有形文化財に指定されている) 』

  武家屋敷に 夕陽がさして かやぶき光ってる

Dscn4210_2 Dscn4211_2 左:「鶴の休石」
説明によると・・・
『かみのやま温泉は、別名「鶴脛の湯」と呼ばれ、長禄2年(1458)、肥前の国(現在の佐賀県)の月秀という旅の僧が、沼地に湧く湯に一羽の鶴が脛を浸し、傷が癒えて飛び去る姿を見かけたのがはじまりといわれています。
湯町にある「鶴の休石」は、その鶴が休んだ石だとか。
そこが、かみのやま温泉発祥の地とされています』

右:隣には足湯があり、この女性は帰りに大きなボトルにお湯を入れて帰るのだと言ってました

 

「東海道歩き」で身に付けた?鼻歌は今回も歩きながら多用しました 人が殆ど居ないので、そんな時は大声を出すこともありました けれどもザックを背負っての大声は長続きしません(笑)
希望 昔聞いたシャンソン ラストワルツ スタンドアローン その他 思い付くままに歌ってます
歌詞は殆ど判らないのでメロディーだけ

「徘徊」 は烏滸がましいので、これを改め 以後は「言葉遊び」とします

  二両編成の 奥羽本線に ススキが踊る
  停車場に 食堂もなく アカネ飛ぶ
 
   あの犬も ひと恋しくて泣く 柿の里
  この道も 行く人はなし 秋の羽州路

きょうの歩行距離 22.5 km

 

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