339,寄り道・手抜きの中山道 (木曽福島から木曽御岳&日義へ )

11/3 (火) 快晴

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きょうは「骨休め」 というわけで福島駅前からバスとロープウエイで「御嶽山七合目」まで行きます。そして下りてきてから宿泊地の「日義」まで歩きます。

駅前のバス停に着くと「今日は強風でロープウエイは止まっていて、動くかどうか様子見」とのこと。これは困った。
これからどうやって時間潰しをしようか 困った。
駅前をブラブラしていると運転再開の放送があり、これで一安心です。

Photo_7 定刻の9時を少し遅れましたが、バスはロープウエイ駅を目指して発車しました。乗客は数人だけで席を独り占め。

これは車窓からの眺めで、暫くはこのような紅葉の中を走りましたが、じょじょに雪が見えてきました。

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ロープウエイはこのような循環式?で、始点の標高が1570㍍、終点が2150㍍、標高差580㍍を14分で行くことが出来ます。

Dscn2421 これが「木曽御嶽山」の主峰で、標高3067㍍です。初めて眺めましたが形は「八ヶ岳」のように峰々が連なっていてます。

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パノラマにしてみましたが、左が主峰で、右の頂が隠れてしまいました。

Dscn2405 ここからは木曽谷を挟んで遠くに「木曽駒ヶ岳2956㍍」も見ることが出来ました(御嶽山と駒ヶ岳の直線距離は約32㎞)

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木曽駒ヶ岳と御嶽山ロープウエイ

Photo_8 下りのバスが発車するまで約3時間あるので、ロープウエイ駅から30分ほど登ってみましたが、路はこのような森林地帯の中ばかり。
マァ久し振りの雪道を歩けただけでも良かった という思いのひと時でした。

冷たい風に吹かれた七合目でしたが、何故か清々しい。それにこのバスも明日(11/4)からは冬期運休に入るとのこと、こんなラッキーなことが続くと後が恐ろしい・・・

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福島に下りてきてから町の中を通り、今夜の宿の「日義」に向かいました。

左は福島の古い町並み、右は「高札場」です。

 【明日へ続く】

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340,寄り道・手抜きの中山道 (日義から奈良井へ ① )

11/4(水) 快晴

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きょうの行程は「日義」から「奈良井」までですが、奈良井の近くには難所といわれている「鳥居峠越え」が控えています。

今回この街道歩きを計画した時の裏話ですが、「木曽観光連盟」に資料送付依頼とこの峠越えについてメールしたところ、
「『馬籠峠越え』『鳥居峠越え』ともに京都方向からが容易と考える」
とのご返事を頂けたので敢えて京都スタートとした という経緯があるのです。(このアドバイスの結果については追ってここに書きます)

Dscn2479 朝、部屋の窓から外を見ると霜が降りていました。京都をスタートした時は汗まみれの毎日だったのに・・・

Photo_11 「原野・道の駅」には『中山道中間之地』が建っています。以前は旧中山道(下)の画像のような「掲示板」に所にあったようなのですが、道の駅が出来たので移設したのだそうです。

けれどもここがまだ中間地点、お江戸日本橋まではほど遠い。下諏訪までで上出来と思いましょう(苦笑)

Dscn2492 怖ろしい顔の石仏、何時の世も気に入らないことが多いのでしょう(苦笑)

Photo_12一方、 このような風景の中をたった一人で歩くというのは 何と贅沢なのでしょう。

Photo_13 ここは「巴淵」の少し手前にある「徳音寺」・・・仁安3年(1168)に義仲が病没した母小枝御前[さえだごぜん]を弔うために建立された一族の菩提寺。

左上が「鐘楼門」、説明によると・・・享保八年(1723)に建立されたものです。
弘化2年(1845)と、平成8年(1996)に修理はされているが、木曽における江戸時代中期の楼門建築を代表するものとして見事な姿をとどめています。

右上・・・境内には義仲の墓を中心に 右に小枝御前、左に巴御前の墓碑があります。(以上は日義村教育委の説明の抜粋です)

下は巴御前の彫像で、黒馬に跨って颯爽と と言いたいのですが、たまたま木陰になっていて馬だけが黒くなってしまいました。

Photo 「巴淵」・・・義仲の側室であり、ともに戦った女武者・巴御前はここに住む竜神の化身した姿だ とか、巴御前がここで髪を洗ったとかなど伝説として残っているとのこと。

ここも鉄道が直ぐ傍を走っていますから車窓から見えるかも知れません。

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巴淵の少し先にあるのが「山吹トンネル」、私はトンネルの中を歩くのが嫌いなので、トンネルが出来たため廃道になっているところを歩きました。

Photo_3 人里離れて見る紅葉もまた趣があります。

私は「落葉松」が好きで、芽生え時の淡いみどりや黄色くなった時が堪らなく良いもの と思っています。それと「白秋の落葉松」。

Photo_2 紅葉の見事さばかりではなくて、高い空もまた美しいものと知りました。

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国道の法面にに造られている「巨大壁画?」。この2枚の間には遠く「木曽御嶽山」があるのですが、これを撮るのを忘れてしまいました。

  【続く】

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341,寄り道・手抜きの中山道 (日義から奈良井へ ② )

Photo_6 「薮原宿」に入ってきましたが、ここで目に付いたのがこれらの家で、左は「そばまんじゅう」の洒落た看板。右は「お六櫛」の店構えです。
「お六櫛」・・・実物は見ていませんが説明によると、お六櫛の歯数は約3cmに29~42本と細かく、普通の鋸でこれだけ細かい歯を挽くことはできないので、歯を挽く「歯挽き鋸(ハビキノコ)」も全て職人が時計のゼンマイを削り自分で作るそうです。
櫛の歴史は、江戸時代享保の頃からで、「みねばりの木」を使って作るそうです。

薮原で昼食を済ませたのが13時20分、これから「鳥居峠越え」が始まります。道標に従って歩き出しましたがイキナリの登り道です。
今回の歩き旅で感じたのが住宅地であってもアップダウンの連続で、歩きながら思いだしたのが「熱海温泉(静岡県)」で、ここも坂の多いところでした。

Photo_7 峠路に差し掛かると、このような静かな山道のなりました。

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25分も歩くと「熊除けの鐘」。
この峠にはこのような鐘が3ヶ所あって、薮原側に1ヶ所(上)、奈良井側に2ヶ所(下)ありました。

熊除けの鈴を買うことにしていたのですが、これもスッカリ忘れてしまったので、「火事の半鐘」ではありませんが、ここぞとばかり何度も鳴らしました(笑)

Dscn2588_240分ほど歩くと落葉松の間に いま通ってきた「薮原」の町並みが俯瞰出来ましたが、人間の足って大したもの と自画自賛。

Dscn2594 「鳥居峠頂上(標高1197㍍)」に建っている石仏です。ここまで約1時間、思ったより早く着いたのでホッとしました。それでも時刻は14時20分 暗くならないうちに「奈良井宿」に入りたいものです。

Dscn2598静かな峠道です。

Photo_8峠道と「伝説」・・・『昔この穴に捨て子があり、子に恵まれぬ薮原の人が育て幸せになったことから、この栃の実を煎じて飲めば子宝に恵まれる と言い伝えられている』

Photo_9 登り道ではあまり気が付かなかったのですが、下りに入るとこのような水場が所々にあって、これがまた美味い !!  とうとうペットボトルのお茶は飲みませんでした。

Dscn2617この石仏は峠から50分ほど歩いたところに埋もれるように建っていましたが、何か微笑んでいるようです。

このような石仏に会うと嬉しくなってしまうのは 「お迎えが近い」からだろうか。

Dscn2604峠から20分ほど下ると展望台があり、ここから「奈良井」を俯瞰することが出来ました。(この風景はTVなどでもよく紹介されたと思います)

Photo_11 「奈良井」へは殆ど下りですから、このような風景を眺めながら快調そのもの。

Dscn2627奈良井の集落に入り、峠を振り返りましたが どこが峠なのか?? 
この時の時刻は15時40分 「鳥居峠越え」の総距離は約6㎞、所要時間は約2時間20分 マァ明るい内に「奈良井」に着いたから自分で自分を褒めて上げたい とは聞いたようなセリフです。

 【続く】

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342,寄り道・手抜きの中山道 (日義から奈良井へ ③ )

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奈良井宿場通りですが、馬籠や妻籠に比べると落ち着いた雰囲気が漂っています。

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今は酒よりもコーヒーが飲みたい ので喫茶店に入りましたが、ここは全部が座敷で椅子席がありません。
私は腰椎手術の所為と思っているのですが、正座やアグラが苦手なので退散。(旅館でも座布団を何枚も丸め椅子のようにして失礼していました)

Dscn2659窓の格子の飾り付けに余念がありません。
このように奈良井だけではなく馬籠も妻籠も、明日来るだろう人への思いやりが感じられます。

Photo_4宿場通りのスナップですが、チラホラと灯りがつき始めていました。

Photo_9 「奈良井大橋」・・・ 美しい総桧造りの太鼓橋で、橋脚を持たない橋としては日本有数の大きさ(長さ33m)とのこと。

Dscn2641宿場通りを眺め歩きながら「奈良井駅」まで来てしまいましたが、駅から先には何もないようなので「駅前喫茶」に入ってコーヒーブレイク。
店の女性オーナー?といろいろ話しをし
「きょうはどこへ泊まるのですか?」 「I 旅館です」と答えると
「一人なのに良くあの宿に予約出来ましたね。あそこは奈良井でも評判の良い宿で有名ですよ」
とのこと。 これを聞いて今夜が楽しみになりました。

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大宝寺の「マリア地蔵」・・・説明によると、このマリア地蔵尊は、1932年(昭和7年)の夏に、地元の人が藪の中になかば埋もれていたところを掘り出して、ここへ安置したと伝えられている。
マリア地蔵尊には頭がない。これはキリシタン禁制だった江戸時代に頭部を壊されてしまった という悲しい歴史からだ。
当時、『子育て地蔵』という名を借りていたが、正体が『聖母子像・・・(子供を抱いているが、その手にもった蓬華の先が十字になっており、隠れキリシタンがマリア像を祀ったものではないかといわれている)』 だったことが役人にバレて壊されたということらしい とのこと。

Photo_5今夜(11/4)お世話になる宿と宿のご主人 とは言えないほど若い。(この旅館のHPに私のことも写真入りで紹介してくれました)

  【明日に続く】

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343,寄り道・手抜きの中山道 (奈良井から塩尻へ )

11/5(木) 快晴

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きょうの行程は「奈良井から塩尻まで」で、事前に調べた距離は、今回の街道歩きではこの区間が一番長くなっています。

このルート図に二つの小学校が出ていますが、これについては画像の中でお話ししします。

Photo_6今日も例のように「早朝散歩」です。

Dscn2699 奈良井を出ると直ぐにあるのがこの「楢川(ナラカワ)小学校」で、木造の素晴らしく見事な校舎です。

画像が前後しますが、この先には「贄川(ニエカワ)小学校」(下)があり、この校舎も美しい木造校舎です。そして今、この二つの学校は合併して「楢川小学校」になっています。

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この贄川小学校校舎は、現在「信州リハビリテーション専門学校」として活用されています。

Dscn2727「贄川関所跡」説明によると・・・尾張藩の領地最後の宿場。
宿外には福島関の補助的な関所が置かれ、特に檜、杉などの木材の持ち出しを禁じた「白木改め」や「女改め」を厳しく行った となっています。

それにしても巧い具合に電車が来てくれました(笑)

Photo_10上の画像は関所陸橋?の上から撮ったのですが、この橋の「欄干模様」です。

Dscn2750「是より南 木曽路」の石碑。この時12時25分。
これで二度と来ることが出来ない「木曽路」ともお別れかと思うと なぜか感無量

Dscn2752この碑の裏面には全面は見えませんが
『歌ニ繪ニ其ノ名ヲ知ラレタル 木曽路ハコノ櫻沢ノ地ヨリ神坂ニ至ル南24里ナリ』
と彫られています。

Dscn2774歩く両側に迫っていた峰々もいつの間にか拡がり、行く先の視界が拡がってきているのに気が付きました。

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「平出遺跡」・・・解説によると、日本三大遺跡に数えられる大きな遺跡。
縄文時代から平安時代にかけての大集落で、1950年(昭和25)から発掘調査が続けられていて、現在まで199軒の住居が発見され、土器・石器など約2万点の出土している とのことです。

Dscn2789 4時過ぎになってしまいましたが、塩尻駅近くから眺めた「穂高連峰」です。

  【明日へ続く】

江戸時代尾張藩の北の番所となっており、木曾桧材をはじめ、漆器など藩の重要産物の他藩への持ち出しを厳重に取り締まる役目を果たしていた。

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344,寄り道・手抜きの中山道 (塩尻から下諏訪へ )

11/6(金) 快晴

Photoきょうの行程は「塩尻から甲州街道合流地(下諏訪・秋宮)まで」で、塩尻峠を越え、秋宮にある「甲州街道との合流地(ゴール地点)」へ向かいます。
そして今回の街道歩きの最終日でもあります。

Photo_6「堀内家住宅」(国指定重要文化財)・・・ 説明によると・・・文化年間(19世紀初頃)下西条の川上家よりこの家を移築したと伝えられ、構造手法から18世紀後半頃(宝暦~天明)建築と見られています。(昭和48年国重文指定) だそうですが、今も住んでいるようで予約すれば家の中の見学が出来るとのことです。

Dscn2821 笑亀酒造店舗兼主屋・笑亀酒造造蔵・笑亀酒造穀蔵の3件が、国の登録有形文化財になりました。蔵は大正時代の建物で、当時の酒造りが現代にも引き継がれております。・・・と言うのを知らなかったので建物の画像はありません(苦笑)

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(上)「永福寺」説明によると・・・木曾義仲の末孫が義仲の菩提を弔うため、義仲が信仰していた馬頭観音を本尊とする観音堂を建てたのが始まりという。

(下)「観音堂」・・・安政2年(1855)立川流の二代目和四郎富昌の作だそうで、塩尻市の有形文化財に指定となっています。

Photo_5塩尻から下諏訪に掛けて気が付くのが、この屋根飾り。
たまたまこの飾りのある家の方がいたので聞いてみると
「『雀おどり』というもので、中信地方に多く、屋根の飾りで特別な意味はないし そして決まった形もない」 とのことでした。

Dscn2839少しずつ道が登り始めた所で振り返ると、遠くに「穂高連峰」が。

Dscn2843これがズームアップした画像です。(デジタル24倍の威力でしょうか? それに三脚なしで撮りましたが、まだ身体にフルエは来ていないようです 笑)

Dscn2868途中、一里塚や石仏がある峠道を登ると「塩尻峠(標高1012㍍)」で、11時50分着。

これは展望台から撮った諏訪湖方向で、左「八ヶ岳」、右「南アルプス方面」。
中央に富士山が見えるはずなのですが・・・

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こんなに無風快晴では秋霞?のため仕方がない と思いましたが、ズームアップしたものに冨士が薄く写っていたので、これを画像修正して載せます。右は「南アルプス」だと思います。
北アルプス方向は というと、高圧電線が幾本もあって邪魔をしているだけで写真を撮るのを止めました。

Dscn2875

塩尻峠を過ぎると、道は岡谷IC近くまで一気に下ります。

今回のルートで経験した「峠越え(馬籠峠・鳥居峠・塩尻峠)」の結論・・・「木曽観光連盟」のアドバイスが大正解。
もし逆コースを歩いたら、途中でギブアップしたかも知れないほど差がありました。

Dscn289614時56分 両街道の合流地点にゴール。

帰りの列車時刻は17時過ぎなので周囲を散策したり、新鶴本店でカミサン用の「塩羊羹」を買いなどしながら時間潰し。

Dscn2918京都の「誠心院」と、可児から細久手に向かう途中の「御嵩」でも「和泉式部の供養塔」を通りましたが、下諏訪にもこのような供養塔があります。

Dscn2923

だいぶ日も傾いたので、そろそろ「下諏訪駅」に向かいましょうか・・・

 【これで全編の終わりです】

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345,寄り道・手抜きの中山道 (まとめ )

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あまり人と出会うこともなかったのですが、印象に残った人のことを載せます。
①,オジイチャン・オバアチャンと一緒で芋掘りをしていた母子で、イッチョマエに軍手をはめて愉しそうでした。
②,東京から京都に行くのだそうで、お互いにエールを交歓して別れました。
③,オバチャンが持っているのは「ナツメの実」で、初めて食べました。
「♪庭にひともとナツメの木・・・のナツメですか?」「そうですよ」
このオバチャンもこの歌を知っていると言うことは若くないのかも・・・(失礼)
④,蕎麦の刈り取り中で「赤花蕎麦」だそうで、普通の蕎麦よりも実は小さい とのことです。

次に今回の「中山道歩き」の纏めをします。

内容は日付・歩行区間と 1,出発と到着の時刻 2,歩行距離 3,歩数、 4,正味の所要時間。
1,はメモとして記録したのでこれを書き、2,3,4,はケイタイに記録されたデータを書きました。

1,10/18(日) 京都市内観光 11:10~17:20(6時間10分)
16.7㎞ 27900歩  3時間50分

2,10/19(月) 京都~瀬田唐橋 8:25~17:35(9時間10分)
27.8㎞ 43700歩 6時間27分

3,10/20(火) 瀬田の唐橋~野洲 8:10~16:15(8時間5分)
22.6㎞ 36100歩 4時間53分

4,10/21(水) 野洲~近江八幡 8:10~16:40(8時間30分)
18.8㎞ 31800歩 4時間14分
「近江八幡観光」
この日の午後 武佐駅から近江八幡駅まで電車

5,10/22(木) 近江八幡~彦根 8:05~17:30(9時間25分)
23.9㎞ 37300歩 5時間
「彦根観光」
この日の朝 近江八幡駅から武佐駅まで電車
夕方は、高宮駅から彦根駅まで電車
その他としてアクシデントがあり、途中で約2時間半のブランク

6,10/23(金) 彦根~柏原 8:15~18:00(9時間45分)
25.8㎞ 40700歩 5時間30分
この日の朝 彦根駅から高宮駅まで電車
夕方は 柏原駅から彦根駅まで電車

7,10/24(土) 彦根~美濃赤坂 7:50~17:25(9時間35分)
22.4㎞ 37600歩 5時間27分
「大垣城見物」
この日の朝 彦根駅から柏原駅まで電車
夕方は 美濃赤坂駅から大垣駅まで電車

8,10/25(日) 美江寺~岐阜 8:30~16:45(8時間15分)
23.1㎞ 38100歩 5時間17分
「岐阜観光」
この日の朝 大垣駅から美江寺まで電車

9,10/26(月) 岐阜~犬山 8:10~17:35(9時間25分)
23.3㎞ 36800歩 4時間46分
降雨と犬山城見学のため 六軒駅から苧ヶ瀬駅まで電車

10,10/27(火) 犬山~可児 8:15~16:40(8時間25分)
18.4㎞ 31900歩 4時間47分

11,10/28(水) 可児~細久手 8:30~16:40(8時間10分)
19.6㎞ 32900歩 5時間00分
今日の後半からアップダウンが続く

12,10/29(木) 細久手~恵那 7:40~16:50
23.7㎞ 38300歩 5時間19分

13,10/30(金) 恵那(中津川)~馬籠 8:30~17:10(8時間40分)
18.2㎞ 30600歩 3時間53分
この日の朝 恵那を散策し、恵那駅から中津川駅まで電車

14,10/31(土) 馬籠~妻籠 8:45~15:40(6時間55分)
16.9㎞ 28300歩 3時間

15,11/1(日) 妻籠~池の尻 8:15~15:30(7時間15分)
21.7㎞ 35200歩 5時間12分
この日は「池の尻」から「寝覚め」までバス

16,11/2(月) 池の尻~木曽福島 9:30~16:45(7時間15分)
22.3㎞ 35400歩 4時間50分
この日の朝 「寝覚め」から「池の尻」までバス

17,11/3(火) 福島~御嶽山~日義 8:00~16:50(7時間50分)
11.8㎞ 20200歩 2時間16分
福島から御嶽山は、往復ともバスとロープウエイ

18,11/4(水) 日義~奈良井 8:40~16.55(8時間15分)
19.6㎞ 32800歩 4時間32分
鳥居峠越え

19,11/5(木) 奈良井~塩尻 8:20~17:10(8時間50分)
31.0㎞ 47700歩 6時間16分

20,11/6(金) 塩尻~下諏訪 8:50~16:40(7時間50分)
19.9㎞ 33500歩 4時間18分
ゴールの後、下諏訪周辺散策し時間を潰す

総歩行距離 427.3㎞

この他に自分自身の感想など載せたいところですが、今回はこれで締めくくることにします。
長い話しにお付き合い下さいまして本当に有り難うございました。

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番外ですが、「御嵩」で記念として買った「陶磁絵」で、「御嵩宿」の浮世絵が描かれています。

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